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2011 最終UP...
今年もあとわずかだね。
PCに座ったら SO-NET 重すぎて、しょっちゅう「技術的なエラーが…」って (。-_-)
こりゃもう、ブログ移転しなさいってことか? 笑
以前の 忍者ブログに戻そうか。
と、画面が固まってしまう前に大事なことを綴っておこう。
今年、特に夏以降、本当に今まで以上にお世話になりまして
心から有難うございました。 感謝しても、しきれない、本当に…
「手紙を出すこと」
長年できなかったことを 行動に移した、大きな大きな一年になりました。
返事はまったく期待していなかったけれども、10/17 に主人宛に封筒が届き
短い文章がワープロでありました。
まずは、宛名(私の名前) これで 一行。
お詫びのような文面が二行。
今後は息子たちに… まぁつまりは迷惑かけないようにします
的なことが二行。
で、最後に、署名(義母)
もうこれで無かったことにしよう、いや、無理だけど
もう心の中で戦うのは、よそう…
手紙を見て、そう思った。 内容を見て。
戦うエネルギーを向けることすら無駄な相手だったんだな、って。
きっと裁判になったらややこしいと思ったから、とりあえずあたり障りの無い文面を
まずは期限内に返事しとこう、ってのが良くわかったけど、もう、ね。
息子たちに迷惑かけないように生きていく… とのニュアンスが書いてあった。
今、相手さんに貯金が150万あれば、それも大丈夫かもしれん。
しかし財産が無い状態なら、入院などになれば息子たちが金銭を負担する。
万が一のことがあれば、葬儀なども息子、家の中の家財道具の処分も息子が払う。
これまで散々お金で被害を被って、この先もまだ 私達はこの人たちのために
お金を使わないといけないのか… 主人は自分の親だから納得できるだろうけども。
私の本音は、そのお金があるならば、子供たちに何かしてやりたいよ。
主人は「家計には一切迷惑かけない」っていう。
でも、そうなればどこかでお金借りることになるよね?
そしたら、返済しなきゃならん、よね?
家計を削って義父母にお金 使わないといけない、これ事実だよね。
良い(別に尊敬に値しなくとも、世間一般の真人間のような)義父母であったなら
老後の諸々を惜しむことはしないだろう。してはいけない。
でも、自分が鬱病になった原因の人の、老後の金銭もウチの家庭は
いずれはみることになる、それを思うと、本当に辛いよ、言葉にならない。
義母は苦労もあっただろうけど、結局は家が崩壊するほど贅沢して、
海外旅行もいった、そんな人の尻拭いが、私には回ってくる。
そんな人生だったのか、私。
生まれてこなければよかった、と、今年は本気で 何度も思った。
人それぞれ、幸せや満足のハードルは違うし、尺度も違う。
だけど世間一般が言う「そりゃそうだ」ってことは、私はまぁ大半は
同感しながら生きてきた。
常識の範囲内に育ててくれた親に対して、ありがたいと痛感する。
配偶者と自分自身は、違う環境で育ったモノ同士が一緒になるのだから
日常から出てくる難題に向き合って、互いに話し合って すり合わせして
そうやって新たな家庭を作るんだ、と思うけれども、やはりなんというか
その人の、どうにも変わらぬ「資質」というのは、あると思う。
それが、培ってきた環境ゆえんの、特有のものなんだな、と。
綺麗に言えば「個性」だけど。
もちろん、私にも資質はある。
私の資質のせいで、配偶者の一族は迷惑してるだろうけど
私の常識が、どうも あちらからしたら 非常識になる。
なんとも、何かが噛み合わない。 違うんだ… 考え方が。
私の弟は、私の主人を「お兄さん」と呼ぶんだけど
(当然だと思う。前々からうちの主人と弟は友達ではなかったのだから)
しかし主人の弟は、私のことを、結婚当初から 私の名前にサン付で呼ぶ。
不思議やった。 ちなみに義弟は私より年も下だ。
そして、今回のこの手紙を出したことに対して、私の中の常識で
義弟ぎみにメールを入れた。
「貴方にとって大切なご両親様に、私が意見をしたことをまずはお詫びいたします」と。
義弟ぎみからは、あたり障りの無いメールをもらったんだが
私なら 「こういう手紙を書くに至った、自分の両親のことで、ご迷惑を
おかけしましたことを、まずはお詫びさせて下さい」 とくるのが筋ではないんだろうか?
というか、逆の立場で考えて、ウチの弟がこんなことしたら私は叱りとばすが。
あ!もし私の弟が、ウチの主人を結婚早々から名前(サン付)で呼ぶようなことをしたら
私は叱る。 あんたは主人より年上なんか、と。
ここは外国ではない(笑
ひょっとしたら、常識、とか、筋、とか、世間一般では、とか、そいういう話が
大嫌いな一族なのかも知れないね。
私の狭い考えとしては、常識をベースに置いた上で、私は私。
常識あった上での 「I AM ME」 を貫けば?って思う。
その方がよっぽどかっこいい。
人と違うことをしていても、いざという時には、きちんとした対応ができる。
これが大切。これが良性な個性。
常識=なにも人とすべて同じことをすることばかりを指すんじゃなくて
生きていく上でのルール。 固く言えば 秩序。
まだこれから吸収してゆく10代、20代とは、わけが違うでしょ?
なんだかな、もう、私がおかしいんだろな。
やっぱ、心療内科(診察券には 精神科、とも書いてあるけど)
そういうのに通う人間がモノを言っても、やはり健常者の意見とは
同じように扱ってもらえないのかな。
ほんとにもう混乱した一年だった。
平等に生きる(人権)ってなんなんやろ、とか、心療内科に通ううちは
人にモノを言っても 所詮は「メンタルおかしいヤツの発言」になるんかな、とか
もしかしたら、私か?? 私が一番非常識なのか? とか…
44年 生きてきた中で、一番つらい年だったのは確実だった。
でも、まだ生きている。 すごい。 図太い私…
息子は、ありがたいことにメンタルに理解があり、一緒にいて気持ちが安らぐんだけど
とはいえ家族は健常者。 甘えるには限度がある。
鬱病をわかって欲しい、と思うのは、私のおごり。
でも一緒の空間を過ごす以上、理解してもらえないと互いに居心地が悪いんじゃないかな。
相手(家族)はどう思っているかわからないけど、私は、どうしていいかわからない。
来年は息子が受験だし、娘も留学なので、穏やかさを重視したい。
だけど短期パート(期間パート)からスタートして、再来年にはしっかりと
外で働けるようにしたいな。 そしたら、健常者に近づける、そんな気がして。
ただね、体がだるい。痩せる。 箸を持つのも億劫だし、せめて水分でも
と思っても、カップが重く感じることが多々ある。
正直なところ、今年は家計が本当に大変で、子供にはまずは食べさせて
私は夜ご飯だけ子供と食べるような生活スタイルにしていたから
それで体調 壊したんかなぁ。
とにかく体をちょっとでも良い方向にもっていって、できることなら
来年は、短期間でもいいから働きに出たい。
これじゃあ、食べていけない。
しかも受験と留学が重なっている。 この出費をなんとかせねば。
頑張ろう。 仕事を持つこと。 目標。
最後に…
本当にいろいろ助けて下さって、ありがとうございました。
震災で「絆」という言葉があちこちで出ていますが
私にとって、ブログの皆様のおかげで命がつながったと言っても
過言ではありません。旧友にも救われました。
本当に、ありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎えくださいね。
ありがとう、本当に、ありがとうございました。
PCに座ったら SO-NET 重すぎて、しょっちゅう「技術的なエラーが…」って (。-_-)
こりゃもう、ブログ移転しなさいってことか? 笑
以前の 忍者ブログに戻そうか。
と、画面が固まってしまう前に大事なことを綴っておこう。
今年、特に夏以降、本当に今まで以上にお世話になりまして
心から有難うございました。 感謝しても、しきれない、本当に…
「手紙を出すこと」
長年できなかったことを 行動に移した、大きな大きな一年になりました。
返事はまったく期待していなかったけれども、10/17 に主人宛に封筒が届き
短い文章がワープロでありました。
まずは、宛名(私の名前) これで 一行。
お詫びのような文面が二行。
今後は息子たちに… まぁつまりは迷惑かけないようにします
的なことが二行。
で、最後に、署名(義母)
もうこれで無かったことにしよう、いや、無理だけど
もう心の中で戦うのは、よそう…
手紙を見て、そう思った。 内容を見て。
戦うエネルギーを向けることすら無駄な相手だったんだな、って。
きっと裁判になったらややこしいと思ったから、とりあえずあたり障りの無い文面を
まずは期限内に返事しとこう、ってのが良くわかったけど、もう、ね。
息子たちに迷惑かけないように生きていく… とのニュアンスが書いてあった。
今、相手さんに貯金が150万あれば、それも大丈夫かもしれん。
しかし財産が無い状態なら、入院などになれば息子たちが金銭を負担する。
万が一のことがあれば、葬儀なども息子、家の中の家財道具の処分も息子が払う。
これまで散々お金で被害を被って、この先もまだ 私達はこの人たちのために
お金を使わないといけないのか… 主人は自分の親だから納得できるだろうけども。
私の本音は、そのお金があるならば、子供たちに何かしてやりたいよ。
主人は「家計には一切迷惑かけない」っていう。
でも、そうなればどこかでお金借りることになるよね?
そしたら、返済しなきゃならん、よね?
家計を削って義父母にお金 使わないといけない、これ事実だよね。
良い(別に尊敬に値しなくとも、世間一般の真人間のような)義父母であったなら
老後の諸々を惜しむことはしないだろう。してはいけない。
でも、自分が鬱病になった原因の人の、老後の金銭もウチの家庭は
いずれはみることになる、それを思うと、本当に辛いよ、言葉にならない。
義母は苦労もあっただろうけど、結局は家が崩壊するほど贅沢して、
海外旅行もいった、そんな人の尻拭いが、私には回ってくる。
そんな人生だったのか、私。
生まれてこなければよかった、と、今年は本気で 何度も思った。
人それぞれ、幸せや満足のハードルは違うし、尺度も違う。
だけど世間一般が言う「そりゃそうだ」ってことは、私はまぁ大半は
同感しながら生きてきた。
常識の範囲内に育ててくれた親に対して、ありがたいと痛感する。
配偶者と自分自身は、違う環境で育ったモノ同士が一緒になるのだから
日常から出てくる難題に向き合って、互いに話し合って すり合わせして
そうやって新たな家庭を作るんだ、と思うけれども、やはりなんというか
その人の、どうにも変わらぬ「資質」というのは、あると思う。
それが、培ってきた環境ゆえんの、特有のものなんだな、と。
綺麗に言えば「個性」だけど。
もちろん、私にも資質はある。
私の資質のせいで、配偶者の一族は迷惑してるだろうけど
私の常識が、どうも あちらからしたら 非常識になる。
なんとも、何かが噛み合わない。 違うんだ… 考え方が。
私の弟は、私の主人を「お兄さん」と呼ぶんだけど
(当然だと思う。前々からうちの主人と弟は友達ではなかったのだから)
しかし主人の弟は、私のことを、結婚当初から 私の名前にサン付で呼ぶ。
不思議やった。 ちなみに義弟は私より年も下だ。
そして、今回のこの手紙を出したことに対して、私の中の常識で
義弟ぎみにメールを入れた。
「貴方にとって大切なご両親様に、私が意見をしたことをまずはお詫びいたします」と。
義弟ぎみからは、あたり障りの無いメールをもらったんだが
私なら 「こういう手紙を書くに至った、自分の両親のことで、ご迷惑を
おかけしましたことを、まずはお詫びさせて下さい」 とくるのが筋ではないんだろうか?
というか、逆の立場で考えて、ウチの弟がこんなことしたら私は叱りとばすが。
あ!もし私の弟が、ウチの主人を結婚早々から名前(サン付)で呼ぶようなことをしたら
私は叱る。 あんたは主人より年上なんか、と。
ここは外国ではない(笑
ひょっとしたら、常識、とか、筋、とか、世間一般では、とか、そいういう話が
大嫌いな一族なのかも知れないね。
私の狭い考えとしては、常識をベースに置いた上で、私は私。
常識あった上での 「I AM ME」 を貫けば?って思う。
その方がよっぽどかっこいい。
人と違うことをしていても、いざという時には、きちんとした対応ができる。
これが大切。これが良性な個性。
常識=なにも人とすべて同じことをすることばかりを指すんじゃなくて
生きていく上でのルール。 固く言えば 秩序。
まだこれから吸収してゆく10代、20代とは、わけが違うでしょ?
なんだかな、もう、私がおかしいんだろな。
やっぱ、心療内科(診察券には 精神科、とも書いてあるけど)
そういうのに通う人間がモノを言っても、やはり健常者の意見とは
同じように扱ってもらえないのかな。
ほんとにもう混乱した一年だった。
平等に生きる(人権)ってなんなんやろ、とか、心療内科に通ううちは
人にモノを言っても 所詮は「メンタルおかしいヤツの発言」になるんかな、とか
もしかしたら、私か?? 私が一番非常識なのか? とか…
44年 生きてきた中で、一番つらい年だったのは確実だった。
でも、まだ生きている。 すごい。 図太い私…
息子は、ありがたいことにメンタルに理解があり、一緒にいて気持ちが安らぐんだけど
とはいえ家族は健常者。 甘えるには限度がある。
鬱病をわかって欲しい、と思うのは、私のおごり。
でも一緒の空間を過ごす以上、理解してもらえないと互いに居心地が悪いんじゃないかな。
相手(家族)はどう思っているかわからないけど、私は、どうしていいかわからない。
来年は息子が受験だし、娘も留学なので、穏やかさを重視したい。
だけど短期パート(期間パート)からスタートして、再来年にはしっかりと
外で働けるようにしたいな。 そしたら、健常者に近づける、そんな気がして。
ただね、体がだるい。痩せる。 箸を持つのも億劫だし、せめて水分でも
と思っても、カップが重く感じることが多々ある。
正直なところ、今年は家計が本当に大変で、子供にはまずは食べさせて
私は夜ご飯だけ子供と食べるような生活スタイルにしていたから
それで体調 壊したんかなぁ。
とにかく体をちょっとでも良い方向にもっていって、できることなら
来年は、短期間でもいいから働きに出たい。
これじゃあ、食べていけない。
しかも受験と留学が重なっている。 この出費をなんとかせねば。
頑張ろう。 仕事を持つこと。 目標。
最後に…
本当にいろいろ助けて下さって、ありがとうございました。
震災で「絆」という言葉があちこちで出ていますが
私にとって、ブログの皆様のおかげで命がつながったと言っても
過言ではありません。旧友にも救われました。
本当に、ありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎えくださいね。
ありがとう、本当に、ありがとうございました。
そして10月
早いな… もう10月なんだね。 ってもう中旬だよね (ノ゚ο゚)ノ
腹をくくって出した手紙も、つまりはあれから半月経過、です。
私の予想では、手紙そのものを読まないだろう(破るだろう)と思っていて
でもそれは主人がきちんと立ち会ってくれたお蔭で、目は通してもらえました。
今月末までに返事を、書面にて、と希望を添えていますが…
おそらく、こないでしょう。
例えば。
自分が一番しんどかった、自分が一番つらかった。
//
この「一番」っていうスタンスは、いったい誰が決めるのだろう。
一番つらかった、と決める(判断する)のは、誰?
なんで客観視しないんだろう。 そんなに自分が可愛いか。
そんなに 「かわいそうだったね」 と言われたいか??
言われたとしても、人がそれを本心から言ってくれる、とでも??
私が行政にゆだねた意味。
私の友達にこういう(過去の)事を話せば、きっとみんな
「きぃちゃん大変やったね。 しかし、ひどいなぁ」 おそらくそういう言葉がもらえる、
そうわかっていたから。
私は、味方が欲しかったんじゃない。
自分自身(考え方)が世間から、ぶれていないか、それが知りたかった。
この事柄を、世間の第三者的な立場から見た人の意見としてはどうだろうか?
私がエスカレートしているのか、気にしすぎなのか、それとも無防備でバカなのか。
これを冷静に注意したり諭してくれるのは、やはり他人=行政しかなかったから。
なぐさめてもらう前に、自分の中でパンパンになっている事柄を、とにかく
冷静に聞いて(むしろ冷たく聞いてくれていい)、客観的に判断してくれる人、
その人たちの意見が欲しかった。
だから今まで 「私が一番つらかった」とは、私は口が裂けても1度も言ったことは無い。
一番辛いなんて思ったことない。 辛い人は、世の中にもっともっと沢山いる。
いくら自分の身が可愛くても、人が訴えてきている時には
まずは振り返ること… 大事な行為ではないだろうか…
自分にとっては屁でもないことであっても、その人は懸命に問いかけている。
何故その部分に、目をおかないんだろう。
「私にとっては、こう。 だけど、この人にとっては、こうらしい。
さて、この人の立場を想像してみようか」
私は、こういう考えなんだけども。
物事には、裏と表があって、もっと言うと上下もあるわけで。
シビアに言うと 360度。
自分を擁護したい気持ちはわかるけれども、自分の立場、かたや
相手の立場、それを想像して、物を言う。
相手さんとは、やはりそこが大きな違いだったのかな。
だからたぶん、永遠に交わることはないでしょう。
私は手紙を出した。 伝えたいことは伝えた。
もうこれで終いにしよう。
こののち、私は家族を守るだけ。
…… この前身ブログをご覧でない方には通じにくい内容になってすみませんが
私は 借金したことを怒っているのでは無いんだよ。
借金がある、しかしそれでも華美な暮らしをする、暮らしを続ける。
そのツケがあなたの知らないところで起きていたんだよ、
それを伝えたかった。
でも 「好きで借金したんじゃない」 と居直られれば、もうそれまで、です。
例えば、借金がある、そして、つつましく暮らしている(とする)
私たちには食べ物を用意してくれる、けれども、そういえば相手さんは
食べてなかったんじゃないか??
そういえば洋服だって。 ほつれを直した箇所がたくさんあるではないか。
カットに行ってるのかな? 服はあるのかな? 食べてるのかな?
… そんなつつましい姿を見ていたら、私はほっとかない。 誓う。
子供を大きくするためだけにできた借金、だと過程して、
それを返済する為に身を粉にして辛抱して暮らす姿を一目でも見たならば。
ちゃんと最後まで面倒みる。 主人を育ててくれたんだから。
でも。
人にお金 借りながら、海外へ行くか? ブランド、持つか??
美味しいモノ、食べたい?? 私には理解できない。
ON と OFF これは子供にも言うようにしている。
ずっとスイッチ入りっぱなしは疲れるし、かといって ずっとOFF にして
時間が経過するのも、もったいない。
話はそれたけど、つまり 「これにはお金を使う。でも、その代わり、あとの
これらは グッと辛抱する」
それが大切なんじゃないんかな… 苦しいけど、大事なこと。
辛抱を重ねて、諦めてきたそれらがいつか徐々に叶うようになった日に
心から 「幸せだ」 って思えるんじゃないだろうか。 報われる、というか。
しかし… 私が「ストレス」で、年間で何百万も使っても、この先 許されるんだろうか。
何が善で、何が悪なのか、もうどうでもよいけれど
やはり世の中には、同じ国で育っても 言葉や理屈が通じない人間がいる
それがつくづくわかった。
過去を、無駄には、できないね。
無駄になんかしたら、流した涙がもったいない、ね。
胸をえぐられる思い、泣きすぎてトイレで吐いたり、体が震えたり。
だから、過去は教訓にして生きていこう、って思う。
ご褒美は、自分で自分に与えるのではなく、人から与えられ感謝する。
仙人みたいな暮らし。 こないだ、こういう言葉を聞いて、辛くなった。
それでもいいんだけどな。 まずは子供が育つまで。
美味しいものは子供が食べればいい。沢山食べればいい。
… 私もそうやって、大きくしてもらったから。
腹をくくって出した手紙も、つまりはあれから半月経過、です。
私の予想では、手紙そのものを読まないだろう(破るだろう)と思っていて
でもそれは主人がきちんと立ち会ってくれたお蔭で、目は通してもらえました。
今月末までに返事を、書面にて、と希望を添えていますが…
おそらく、こないでしょう。
例えば。
自分が一番しんどかった、自分が一番つらかった。
//
この「一番」っていうスタンスは、いったい誰が決めるのだろう。
一番つらかった、と決める(判断する)のは、誰?
なんで客観視しないんだろう。 そんなに自分が可愛いか。
そんなに 「かわいそうだったね」 と言われたいか??
言われたとしても、人がそれを本心から言ってくれる、とでも??
私が行政にゆだねた意味。
私の友達にこういう(過去の)事を話せば、きっとみんな
「きぃちゃん大変やったね。 しかし、ひどいなぁ」 おそらくそういう言葉がもらえる、
そうわかっていたから。
私は、味方が欲しかったんじゃない。
自分自身(考え方)が世間から、ぶれていないか、それが知りたかった。
この事柄を、世間の第三者的な立場から見た人の意見としてはどうだろうか?
私がエスカレートしているのか、気にしすぎなのか、それとも無防備でバカなのか。
これを冷静に注意したり諭してくれるのは、やはり他人=行政しかなかったから。
なぐさめてもらう前に、自分の中でパンパンになっている事柄を、とにかく
冷静に聞いて(むしろ冷たく聞いてくれていい)、客観的に判断してくれる人、
その人たちの意見が欲しかった。
だから今まで 「私が一番つらかった」とは、私は口が裂けても1度も言ったことは無い。
一番辛いなんて思ったことない。 辛い人は、世の中にもっともっと沢山いる。
いくら自分の身が可愛くても、人が訴えてきている時には
まずは振り返ること… 大事な行為ではないだろうか…
自分にとっては屁でもないことであっても、その人は懸命に問いかけている。
何故その部分に、目をおかないんだろう。
「私にとっては、こう。 だけど、この人にとっては、こうらしい。
さて、この人の立場を想像してみようか」
私は、こういう考えなんだけども。
物事には、裏と表があって、もっと言うと上下もあるわけで。
シビアに言うと 360度。
自分を擁護したい気持ちはわかるけれども、自分の立場、かたや
相手の立場、それを想像して、物を言う。
相手さんとは、やはりそこが大きな違いだったのかな。
だからたぶん、永遠に交わることはないでしょう。
私は手紙を出した。 伝えたいことは伝えた。
もうこれで終いにしよう。
こののち、私は家族を守るだけ。
…… この前身ブログをご覧でない方には通じにくい内容になってすみませんが
私は 借金したことを怒っているのでは無いんだよ。
借金がある、しかしそれでも華美な暮らしをする、暮らしを続ける。
そのツケがあなたの知らないところで起きていたんだよ、
それを伝えたかった。
でも 「好きで借金したんじゃない」 と居直られれば、もうそれまで、です。
例えば、借金がある、そして、つつましく暮らしている(とする)
私たちには食べ物を用意してくれる、けれども、そういえば相手さんは
食べてなかったんじゃないか??
そういえば洋服だって。 ほつれを直した箇所がたくさんあるではないか。
カットに行ってるのかな? 服はあるのかな? 食べてるのかな?
… そんなつつましい姿を見ていたら、私はほっとかない。 誓う。
子供を大きくするためだけにできた借金、だと過程して、
それを返済する為に身を粉にして辛抱して暮らす姿を一目でも見たならば。
ちゃんと最後まで面倒みる。 主人を育ててくれたんだから。
でも。
人にお金 借りながら、海外へ行くか? ブランド、持つか??
美味しいモノ、食べたい?? 私には理解できない。
ON と OFF これは子供にも言うようにしている。
ずっとスイッチ入りっぱなしは疲れるし、かといって ずっとOFF にして
時間が経過するのも、もったいない。
話はそれたけど、つまり 「これにはお金を使う。でも、その代わり、あとの
これらは グッと辛抱する」
それが大切なんじゃないんかな… 苦しいけど、大事なこと。
辛抱を重ねて、諦めてきたそれらがいつか徐々に叶うようになった日に
心から 「幸せだ」 って思えるんじゃないだろうか。 報われる、というか。
しかし… 私が「ストレス」で、年間で何百万も使っても、この先 許されるんだろうか。
何が善で、何が悪なのか、もうどうでもよいけれど
やはり世の中には、同じ国で育っても 言葉や理屈が通じない人間がいる
それがつくづくわかった。
過去を、無駄には、できないね。
無駄になんかしたら、流した涙がもったいない、ね。
胸をえぐられる思い、泣きすぎてトイレで吐いたり、体が震えたり。
だから、過去は教訓にして生きていこう、って思う。
ご褒美は、自分で自分に与えるのではなく、人から与えられ感謝する。
仙人みたいな暮らし。 こないだ、こういう言葉を聞いて、辛くなった。
それでもいいんだけどな。 まずは子供が育つまで。
美味しいものは子供が食べればいい。沢山食べればいい。
… 私もそうやって、大きくしてもらったから。
代弁者
お陰様で、あれだけ緊張していた「初診」が終わりました。
励ましのお言葉を、どうもありがとうございました。
5軒目になる病院。 ここでちょっと振り返り、をさせて下さい...
最初の病院は、兵庫県。でも横浜へ転勤の為、転院。
次にかかった病院は、世間で「リタリン」が問題になった時期に
医者→ 「ハイになるよ。眠気も飛ぶし、自費で買ってもそう高くない」
と、満足げにリタリンを処方してきた病院 (ToT)
・・・あえなく転院。
その次、3軒目の病院は、この前身ブログに出てくる、おじいちゃん先生。
今思えば、適格な指示が多かったんだけど、先生としては 私の鬱を治すには
主人と離れなければ無理だよ、という、揺らぐことないメッセージを、ずっとずっと
発してこられていたので、診察室での対話が難しくなった。
子供のことを思うと、離婚は、できなかったから...
そして4軒目の病院。 それがこないだまで書いていた先生。
もう触れるのはやめておこう、ね。
とうとう5軒目になる、9/26(月) 16時からの初診。
あとあとの記録として。 すべてを再現して...
//
まずは精神健康質問チェックシートに答える。たくさんの設問。
そのあとソーシャルワーカー(精神保健福祉士)と予診。
生い立ち、家族構成、精神面以外の病歴、親族の病歴、親族の死因、
現在の家族構成、子供の特徴、主人の特徴、家族の健康状態、
主人方の家族構成、主人方の家族の健康状態の確認、を受けました。
続いて、うつ病を疑った経緯、その結果(治療)、投薬、状況の話。
それから本診に入り、院長先生より質問。
ソーシャルワーカーとの対話内容の確認と、これまでの私自身の投薬の感想、
現状、今後について。
私は院長にはほとんど何も話さなかった。
それだけ不思議なくらい、私の心理状態を察してくれていて、
これまで他人からは言われることのなかった自分の胸のうちを
まるで代弁してくれるかの形でした。
だから私は、先生の話にうなずいたり、補足する程度でした。
先生は
「これだけ大きな事柄を19年も前から、良く頑張って生きたね。
あなたの気持ちを妨げることなく、いつでも、何度でもじっくり聞いてくれる人が
あなたのそばにいてくれたら、あなたはどれだけ救われただろうね。
こんなにひどい状態になることも避けられたのに、孤独で本当に辛かったね。
胸の中に、どうやってもふさげない大きな大きな穴が開いてしまいましたね。
一生のうちでどれだけの人間が、これだけの穴をあけるか、
それに匹敵するほどの辛さを19年間背負っていたんですね。
僕は立場上、いろんな患者さんの病気になられた経緯をお聞きする機会がありますが
あなたの状況はあまりに度が過ぎていてしかも長期間におよんでいるし、
だから今ここにあなたが無事に生きていてくれることを奇跡、嬉しいと僕は思います。
その穴を簡単に埋めることが、そもそも無理な事でしたよね。
何度も死にたくなったでしょう。消えてしまいたくなっただろうね。
誰かが亡くなったら 「私が代わりに死ねたらいいのに」 と思ったりしたことでしょう。
ふと車が引いてくれないかな、死ぬことができないかな、とか、
色々死ぬことを考えてきたでしょう。だから生きてこれたんでしょうね。
いつでも死ねる、そこまで追い詰められてここまできたから、
明日死ねるかもしれないから今日は頑張ろう、と思ってきたんでしょうね。
あなたにはどの薬をもっても治る見込みがなかったんだと思います。
これだけ大きなことがあったんだから、薬で心の痛みを忘れさせるのは
とうてい無理なことで、あなたの現状を少しでも落ち着かせるためには、
眠りの強い、意識が飛ぶようなお薬を用いるより他なかったんだと思います。
でも、このままそういう薬を飲んでいても貴女は潰れてしまいます。
だからこれからお薬は極力弱いものにしてみましょう。頓服で頑張ってみましょう。
そして辛い時は遠慮なく泣きましょう。何年泣き続けてもいいんです。
家族にも話しましょう。僕はあなたを期待させる事は言いません。
おそらくあなたの鬱状態が治るまで、3年、5年では無理だと思います。
10年はかかると思っていて下さい。
時間の経過で状況が変わることによって病気を癒すより他ないでしょう。
一番のお薬になるのはご家族ですが、お子さんを含め、ご家族のサポートは大丈夫ですか?
どんな薬を使っても、あなたの周りにいる人の理解無くしては、あなたのこの経緯で、
この病気は治りません」 と。
それから、近いうちに相手方の両親に手紙を出し、過去のこと、私自身がうつ病になり
長い間、治療中である事を伝える予定だ、と先生に話したところ
「そうしないとね。あなたの中に抱えるにはとっくの昔に限界がきていたでしょ?
伝えて届く相手だとは僕は想像しがたいですが、それを踏まえて
これからまた山場がくる事を想定して、一緒に考えていきましょう。
民事はご存知ですか?民事上の形式で手紙を出す方法があります」と言われたので
「私も役所の方にうかがって、民事につながる可能性を含ませた内容の手紙にしました」
すると先生は
「代理人は?無しで?」と言われたので
「手紙は主人が届け、また別に、配達証明にて同じ手紙を郵送します」
先生 「そうです、それがいいです。その方法で別に1通用意した方が良いでしょう。
大変な事態になるかもしれませんが、あなたの苦しみはあちこちに
形跡が残っていますから、ちゃんと保護されますからね。
そしてくれぐれも発作を起こして自殺しないように。そういっても発作なんだよね。
自分で知らないうちにバッとやっちゃうんだよね。
だけどここまで頑張って生きてきたんだから。
これから10年でゆっくり癒して、10年先には笑える未来を作っていきましょう。
本当に生きていてくれてありがとう」
そして、私から先生へ。
私 「うつが長いから難治性のうつに当てはまりますか?リチウム治療ですか?」
と聞いたら
先生 「あなたにリチウムをしたら大変なことになる。シートの結果をみても、
双極性の診断とは真逆のデーターです。しかし鬱の要因が強すぎる。
でも(それを治療するには)薬はかなりきつくなりますから良くないな。
周りの人間であなたを治していくより方法がないんです。薬には限界がきていますから」と。
私 「年間を通してずっと布団に眠っているわけではなく、だいたいこの季節から
暮まではやや調子が良くて、たまに1人で外出できたりしていました。
2月から梅雨あけくらいまでが、ここ数年悪いように思うので、これが双極性の
躁と鬱の状態を年間で繰り返しているのでは、と不安があるのですが」 と言ったら
先生 「日照時間が影響しているのかな、と。
今パッと頭に浮かんだのは『季節性うつ』に近いのかな。
でも病名にこだわるのは今はやめて、まずは生きていくこと。
自ら命をたたないで生きるために、あなたはあなたの心が休まる環境を作り
ストレスからは逃げてください」 と言われました。
//
以上、これが9/26の話、です。
次に患者さんがたくさんいらしたので気になったから、先生に
「患者さんがいらっしゃるので、私はまた、次回ゆっくりで構いませんので」
と伝えたら、先生が 「あなたは大変です。時間は問題になりません」と。
大変だ、と思って、深刻に悩んでいるのは自分だけだと思っていた。
結局は、自分しかわかるわけないんだから、人に求めてはいけない、と。
でも、この先生は、なんだか、違った。
そういう流れから今の処方は、頓服薬のみ。睡眠薬もなくなりました。
頓服は「レキソタン1mg」 のみ。
で、大事なこと。
書き終えた手紙を、この週末(10/1) 主人が、義父母へ届ける。
この日が、きた。
3軒目の病院、おじいちゃん先生が言った言葉を思い出す。
「誰もが口に出さなくてもなんとなく知っていることってありますね。
口に出して確認するまでもなく当たり前と考えていること。
それが社会生活の暗黙のルールとか、常識、と言いますね。
ご主人の親御さんはどうやらそれを手にしていない。
手にしていないから、そういうことが出来てしまうんですよ。
だからね、手紙を出すのは、よしなさい」
19年間の、岐路がきた。
先日の初診で、先生に「手紙の件で大変な10月が予想できるけど、
ここまでやっときたんです。 ぶつかってみるのがいいですね。
親御さんから色んな形で仕打ちを受けた間、あなたはどうやって
生活されましたか?相手に はむかっていくことなく、耐えましたね?
お酒におぼれたり、男の人に夢中になったり、外泊、ギャンブルや道楽
そんなものにも、あなた、逃げませんでしたね?
だったら、誰に非があるのか一目瞭然、そう思いませんか?」
・・・・・・ 代弁者だ。 この人は、代弁者。
この先、どれくらいこの病院でお世話になるかわからないけれども
手紙を出すことにより、まずは一つの区切りができるのだから、
新たな病院で、頑張ってみよう、と思います。
ただ… この先生は本当に、薬を使わないかもしれない。
この8年で、薬の良しも悪しきも知ってしまった私は、
メンタルがどうにもならない時には、やはり薬が欲しいかもしれない。
その辺、今度ゆっくり先生に話してみよう。
次回の診察は 10/7(金) です。
手紙の騒動で、身辺が騒々しい時期だろうな...
長い文章を読んで下さり、本当にありがとうございました。
明日は、区役所に行ってきます。
励ましのお言葉を、どうもありがとうございました。
5軒目になる病院。 ここでちょっと振り返り、をさせて下さい...
最初の病院は、兵庫県。でも横浜へ転勤の為、転院。
次にかかった病院は、世間で「リタリン」が問題になった時期に
医者→ 「ハイになるよ。眠気も飛ぶし、自費で買ってもそう高くない」
と、満足げにリタリンを処方してきた病院 (ToT)
・・・あえなく転院。
その次、3軒目の病院は、この前身ブログに出てくる、おじいちゃん先生。
今思えば、適格な指示が多かったんだけど、先生としては 私の鬱を治すには
主人と離れなければ無理だよ、という、揺らぐことないメッセージを、ずっとずっと
発してこられていたので、診察室での対話が難しくなった。
子供のことを思うと、離婚は、できなかったから...
そして4軒目の病院。 それがこないだまで書いていた先生。
もう触れるのはやめておこう、ね。
とうとう5軒目になる、9/26(月) 16時からの初診。
あとあとの記録として。 すべてを再現して...
//
まずは精神健康質問チェックシートに答える。たくさんの設問。
そのあとソーシャルワーカー(精神保健福祉士)と予診。
生い立ち、家族構成、精神面以外の病歴、親族の病歴、親族の死因、
現在の家族構成、子供の特徴、主人の特徴、家族の健康状態、
主人方の家族構成、主人方の家族の健康状態の確認、を受けました。
続いて、うつ病を疑った経緯、その結果(治療)、投薬、状況の話。
それから本診に入り、院長先生より質問。
ソーシャルワーカーとの対話内容の確認と、これまでの私自身の投薬の感想、
現状、今後について。
私は院長にはほとんど何も話さなかった。
それだけ不思議なくらい、私の心理状態を察してくれていて、
これまで他人からは言われることのなかった自分の胸のうちを
まるで代弁してくれるかの形でした。
だから私は、先生の話にうなずいたり、補足する程度でした。
先生は
「これだけ大きな事柄を19年も前から、良く頑張って生きたね。
あなたの気持ちを妨げることなく、いつでも、何度でもじっくり聞いてくれる人が
あなたのそばにいてくれたら、あなたはどれだけ救われただろうね。
こんなにひどい状態になることも避けられたのに、孤独で本当に辛かったね。
胸の中に、どうやってもふさげない大きな大きな穴が開いてしまいましたね。
一生のうちでどれだけの人間が、これだけの穴をあけるか、
それに匹敵するほどの辛さを19年間背負っていたんですね。
僕は立場上、いろんな患者さんの病気になられた経緯をお聞きする機会がありますが
あなたの状況はあまりに度が過ぎていてしかも長期間におよんでいるし、
だから今ここにあなたが無事に生きていてくれることを奇跡、嬉しいと僕は思います。
その穴を簡単に埋めることが、そもそも無理な事でしたよね。
何度も死にたくなったでしょう。消えてしまいたくなっただろうね。
誰かが亡くなったら 「私が代わりに死ねたらいいのに」 と思ったりしたことでしょう。
ふと車が引いてくれないかな、死ぬことができないかな、とか、
色々死ぬことを考えてきたでしょう。だから生きてこれたんでしょうね。
いつでも死ねる、そこまで追い詰められてここまできたから、
明日死ねるかもしれないから今日は頑張ろう、と思ってきたんでしょうね。
あなたにはどの薬をもっても治る見込みがなかったんだと思います。
これだけ大きなことがあったんだから、薬で心の痛みを忘れさせるのは
とうてい無理なことで、あなたの現状を少しでも落ち着かせるためには、
眠りの強い、意識が飛ぶようなお薬を用いるより他なかったんだと思います。
でも、このままそういう薬を飲んでいても貴女は潰れてしまいます。
だからこれからお薬は極力弱いものにしてみましょう。頓服で頑張ってみましょう。
そして辛い時は遠慮なく泣きましょう。何年泣き続けてもいいんです。
家族にも話しましょう。僕はあなたを期待させる事は言いません。
おそらくあなたの鬱状態が治るまで、3年、5年では無理だと思います。
10年はかかると思っていて下さい。
時間の経過で状況が変わることによって病気を癒すより他ないでしょう。
一番のお薬になるのはご家族ですが、お子さんを含め、ご家族のサポートは大丈夫ですか?
どんな薬を使っても、あなたの周りにいる人の理解無くしては、あなたのこの経緯で、
この病気は治りません」 と。
それから、近いうちに相手方の両親に手紙を出し、過去のこと、私自身がうつ病になり
長い間、治療中である事を伝える予定だ、と先生に話したところ
「そうしないとね。あなたの中に抱えるにはとっくの昔に限界がきていたでしょ?
伝えて届く相手だとは僕は想像しがたいですが、それを踏まえて
これからまた山場がくる事を想定して、一緒に考えていきましょう。
民事はご存知ですか?民事上の形式で手紙を出す方法があります」と言われたので
「私も役所の方にうかがって、民事につながる可能性を含ませた内容の手紙にしました」
すると先生は
「代理人は?無しで?」と言われたので
「手紙は主人が届け、また別に、配達証明にて同じ手紙を郵送します」
先生 「そうです、それがいいです。その方法で別に1通用意した方が良いでしょう。
大変な事態になるかもしれませんが、あなたの苦しみはあちこちに
形跡が残っていますから、ちゃんと保護されますからね。
そしてくれぐれも発作を起こして自殺しないように。そういっても発作なんだよね。
自分で知らないうちにバッとやっちゃうんだよね。
だけどここまで頑張って生きてきたんだから。
これから10年でゆっくり癒して、10年先には笑える未来を作っていきましょう。
本当に生きていてくれてありがとう」
そして、私から先生へ。
私 「うつが長いから難治性のうつに当てはまりますか?リチウム治療ですか?」
と聞いたら
先生 「あなたにリチウムをしたら大変なことになる。シートの結果をみても、
双極性の診断とは真逆のデーターです。しかし鬱の要因が強すぎる。
でも(それを治療するには)薬はかなりきつくなりますから良くないな。
周りの人間であなたを治していくより方法がないんです。薬には限界がきていますから」と。
私 「年間を通してずっと布団に眠っているわけではなく、だいたいこの季節から
暮まではやや調子が良くて、たまに1人で外出できたりしていました。
2月から梅雨あけくらいまでが、ここ数年悪いように思うので、これが双極性の
躁と鬱の状態を年間で繰り返しているのでは、と不安があるのですが」 と言ったら
先生 「日照時間が影響しているのかな、と。
今パッと頭に浮かんだのは『季節性うつ』に近いのかな。
でも病名にこだわるのは今はやめて、まずは生きていくこと。
自ら命をたたないで生きるために、あなたはあなたの心が休まる環境を作り
ストレスからは逃げてください」 と言われました。
//
以上、これが9/26の話、です。
次に患者さんがたくさんいらしたので気になったから、先生に
「患者さんがいらっしゃるので、私はまた、次回ゆっくりで構いませんので」
と伝えたら、先生が 「あなたは大変です。時間は問題になりません」と。
大変だ、と思って、深刻に悩んでいるのは自分だけだと思っていた。
結局は、自分しかわかるわけないんだから、人に求めてはいけない、と。
でも、この先生は、なんだか、違った。
そういう流れから今の処方は、頓服薬のみ。睡眠薬もなくなりました。
頓服は「レキソタン1mg」 のみ。
で、大事なこと。
書き終えた手紙を、この週末(10/1) 主人が、義父母へ届ける。
この日が、きた。
3軒目の病院、おじいちゃん先生が言った言葉を思い出す。
「誰もが口に出さなくてもなんとなく知っていることってありますね。
口に出して確認するまでもなく当たり前と考えていること。
それが社会生活の暗黙のルールとか、常識、と言いますね。
ご主人の親御さんはどうやらそれを手にしていない。
手にしていないから、そういうことが出来てしまうんですよ。
だからね、手紙を出すのは、よしなさい」
19年間の、岐路がきた。
先日の初診で、先生に「手紙の件で大変な10月が予想できるけど、
ここまでやっときたんです。 ぶつかってみるのがいいですね。
親御さんから色んな形で仕打ちを受けた間、あなたはどうやって
生活されましたか?相手に はむかっていくことなく、耐えましたね?
お酒におぼれたり、男の人に夢中になったり、外泊、ギャンブルや道楽
そんなものにも、あなた、逃げませんでしたね?
だったら、誰に非があるのか一目瞭然、そう思いませんか?」
・・・・・・ 代弁者だ。 この人は、代弁者。
この先、どれくらいこの病院でお世話になるかわからないけれども
手紙を出すことにより、まずは一つの区切りができるのだから、
新たな病院で、頑張ってみよう、と思います。
ただ… この先生は本当に、薬を使わないかもしれない。
この8年で、薬の良しも悪しきも知ってしまった私は、
メンタルがどうにもならない時には、やはり薬が欲しいかもしれない。
その辺、今度ゆっくり先生に話してみよう。
次回の診察は 10/7(金) です。
手紙の騒動で、身辺が騒々しい時期だろうな...
長い文章を読んで下さり、本当にありがとうございました。
明日は、区役所に行ってきます。
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